この日は、名寄から、旧名寄本線・旧興浜南線の代替バスを使って、興部・紋別に行きます。途中、日の出岬で温泉に入りました。そして、やっと夜ご飯を食べる。バルで地元の方と少しお話するなど。 正直この日はバスに乗るだけ。あんまり何かした、何か見たという訳ではないです…。旅立つときにも、何をするか決められなかった唯一の日でした。何しているんだろうと思うくらい。
夏のドライブであれば、牧場でアイスクリームを食べたり、夏のオホーツク沿いの爽やかさと原生花園 (あるのかな) を見たりして楽しめるのでしょうが…何しろ雪に閉ざされたhttp://www.town.okoppe.lg.jp/kanko/knk_rekisi.html冬なので…
バスで日本海側へ
名士バス 興部行き : 名寄駅 07:50 → 興部 09:30
3日めの朝です。ぐっすり寝てしまい、からの起床。窓を開けたときの冷気で目が冷めます。ホテルの部屋はグレードは値段相応でした。NHKの全国ニュースのアナウンサーさんはどこでも変わらず。
バイキング形式の朝食を食べたら、急ぎ名寄駅のバス停に向かいます。バスの時間を勘違いしていてかなりギリギリの出発になってしまい、駅まで走りました。チェックアウトがスムーズじゃなかったら多分乗り遅れていました。危なかった…。
町には朝ですが結構人が歩いていました。
バスの運転手さんに「どこまで乗るの?」と聞かれます。地元の人間じゃないと分かるんでしょうか。バスには高校生が10人くらい乗っていました。
バスはひたすら一直線の道路を走っていきます。朝日で雪原が輝いています。しかし窓が曇っていてよく撮れない。
バス停の名前も刻々と読み上げられていきますが、北海道のバス停ってかなり単調な名前の付け方なんですよね。例えば、中名寄と名の付くバス停は中名寄1線に始まり、中名寄2線、中名寄3線と続き、中名寄10線まで。11線からは上名寄になって、上名寄20線まで。道路と景色の単調さも相まって、眠くなりました。
下川に着きました。長時間のバスなので、5分ほどお手洗いの休憩を取ってくれます。朝バタバタして買い損ねていた飲み物を購入しました。
ここからは北見山地越えです。天北峠までバスはひたすら登っていきます。エンジンが唸ります。左右に時々名寄本線の跡らしき築堤が見えました。
長い峠越えが終わると上興部集落、次いで西興部です。人口1000人ちょっとの小さな村です。光ファイバー普及率100%とか、意外と面白い要素のある村だったりします。隣に興部町があるのですが、合併しないんでしょうか。意外と (失礼) 住宅は新しめのものが多かったです。森の美術館「木夢」・マルチメディア館「IT夢」はバブル時代のものなんでしょうか。苦手だ。
最初は上興部か西興部で降りて見物を考えていましたが、次のバスが2時間後で、2時間暇を潰すには厳しそうなので見送ることにしました。やっぱりドライブでないと小さな寄り道を繰り返すのは厳しい。
西興部からまた走り出します。
しばらく何もない区間を通って、そうこうしているうちに興部でした。4000人弱の町です。途中、小さいながらスキー場が見えました。お客さんはあまり居なかった。
興部は結構家が並んでいます。
このバスで1時間40分揺られてきました。
結局、最後まで乗っていたのは自分ひとりで、後は数人途中で乗り降りがあった程度でした。冬の朝とはいえ、途中など人家もまばらな区間でしたから、鉄道を走らせるのは無理だよなあとなりました。 実際、鉄道 (名寄本線) の末期の営業係数 (よく引き合いに出される、100円の営業売上?を出すのに必要な経費) は数百とかで[要出典]、しかも紋別〜遠軽とかに人は集中していたでしょうから、実際大変な状態だったのでしょう。 正直、道路の整備も進んだ今、特に鉄道に拘る理由ってなんだろう (渋滞はしないだろうし…除雪?) という気持ちもあります。
興部をぶらつく
次のバスが10:50発で時間があったので、興部の町を少し歩いてみます。当然ながら、観光客は他に誰も居ませんでした。完全に「何しに来たのか分からない余所者」であった。
地図です。まあ、正直…街中にそこまで目ぼしい何かがあるかと言われると、うーん。
昔線路があったらしい場所です。流石に廃線から20年以上も経つと、地形に残っているくらいでなかなか分からない。
昔の駅は道の駅になっています。
興部郵便局。豊富といい、郵便局でATMが利用できたのでかなり助かりました。しかし、日曜午前しかやらないのはどうなんでしょう。都会と比べると不便そうですが、地元の人はこれを前提に動いているんでしょうか。
人もまばらな通りを歩きます。裏通りだと人が歩かず新雪のままだったりします。良いのか悪いのか…。
この道の番号、帰ってから知りましたが都市計画道路に特有のものらしいです。しかし、何らのランドマーク (駅など) を指しているわけでもなく、どれも個性がなく覚えづらい。
バスも走ってきたメインの通りです。
興部道の駅にあった広告。食事処が事前に調べてもあまり見つからず不安でしたが、思ったよりは地元の食堂とかがあるようでした。
道の駅の売店で売っていたので買ってみました。北海道といえば酪農のイメージですからね。
公衆浴場。やっているのか…?
モルタル造か?少し昭和風な宿舎です。氷柱が凄いです。平屋は東京では珍しいですが。
米田御殿という建物らしいです。貰った町内の案内図に記載があったので見に来てみました。 手前が普通のお家なので入るのをためらいます…。 しっかり雪囲いがされていて、かつ雪に埋もれていたので近くで見ることは出来ませんでした。
川は凍っていなかった。
地域産業振興センターです。具体的に何が入っているんだとも思いましたが、Googleによると商工会などが入っているらしい。
村役場。大きかった。
反対側にはローソンがあります。セイコーマート以外もあるのかとちょっとびっくりした。
屋号
陸橋の上から町を見てみます。
海側です。遠くに海なのかよく分からない地平が見えます。空き地は草原か牧場のようです。
超えてきた北見山地です。正直そこまで大きな山はないです。
途中で見つけたトマソン。なぜ…?
古風な民家ですが、木枠の窓と障子では、この北海道の地は寒すぎるのでは。今は家も進化したから良いですが、先人の苦労は如何程であっただろうか。
町の体育館 (トレーニングセンター) らしい。
こっちは図書館。
本通りに戻ってきました。ここでは除雪が行われていました。幅が広いからか、雪もうず高く積まれています。
うーん、冬は活気が無いのでしょうか。家で寒さを耐え忍ぶという感じでしょうか。
バス停もこうなっちゃっています。これ、予め存在を知っていないと、利用者もバス会社側も何も出来なさそう。
道の駅に戻ってきました。貼ってあったポスターです。原野みが凄い。
北海道でも同人的イベントが行われているんですね。
北海道の廃線地域にありがちな資料展示です。
お土産紹介コーナー。
町も全て見てしまったし、完全にやることがなくなってしまいました。バスが来るまでベンチで待ちます。外にバスが来たので見てみました。
そういえば、道の駅には保存されている列車を開放した宿泊施設があります。ですが今回 (道の駅裏の公園が新雪に埋もれていると思って、自分は新雪に突っ込める靴がなかったので) 探していませんでした。もとより、流石に寒すぎて不味いだろうと、利用は諦めていたのですが、それで良かったのかもしれません。
日の出岬温泉に入る
北紋バス 雄武高校入口行き : 興部 10:50 → ホテル日の出岬 11:04
やっとバスの時間になりました。今度は都会チックなノンステップバスが来ました。雪国でもこいつは走れるんだ、みたいな斬新さがありました。バス会社も名士バスから北紋バスに変わります。
北に向かって走っていきます。
オニシ沼です。
沢木の集落です。
ホテル日の出岬に着きました。他に地元の人が数人降りました。
早速お風呂に入ってみます。"オホーツク"を謳っているだけあって、眺望は文句なしでした。一面の水平線、写真で撮れないのが残念。露天風呂は、外が寒いため一度入ると出られない魔力がありました。 そもそもホテルであるため、設備が全体的に整っていて綺麗でした。地元の方の利用が多そうでしたが、確かに (他に行く場所が限られていることもあって) 通いそうです。小さな売店、休憩スペースもありました。
お風呂上がりに貼ってあった。
沢木集落で暇をつぶす
さて、帰りのバスが15:41です。元々乗ってきたバスが雄武で折り返し12時に通るのですが、流石に忙しないかと思ってもう1本後のにしました。あと、紋別に早く着きすぎても、同様にやることが…。そのため、バスが11時について、1時間お風呂に入り、あと3時間暇つぶしをしないといけなくなりました。
とりあえず外に出てみます。海の青さと雪の白さの対比が美しくもあります (少なくとも、旅の目的として掲げた何もなさには十分合致する風景でした) が、寒色で若干殺風景でもありますね。あと、飽きる。3日めだし。
見渡す限り…あんまり何もないですね。
突端は日の出岬というらしく、恐らく夏にやれば楽しそうであろう!キャンプ場などの施設がありました。
コテージは色合いがバブリーです。
奥に何かありました。現代風です。展望台でしょうか。行ってみます。
オホーツク海です。
昔の狼煙台だったようです。確かに、ここは絶好の立地だったのだろう。
来ました。右側に少し足跡があります。つまり…殆どの人が来ない…
ここだけ雪がありませんでした。風のためでしょうか。 肝心の展望台 (ラ・ルーナという名前がある)、なんと、やっていませんでした…。まあ、こんな時期だしね…。外観はスイスなどにありそうな感じです。
展望台近くからの眺めです。元沢木〜雄武の方。
オホーツク海側。微妙に海の色に違いがあります。
ホテルから歩いてきたところです。冬は完全に何も営業していません。
満足するだけ写真を撮ったので、一旦ホテルに戻ります。
この木、フラクタル模様みたいで気持ちが悪いです。
寒いだけあって、たとえ道端の雪であっても、雪質はとてもいいです。歩くとキュッキュと鳴ります (と思ったけれど、もしかすると今記憶を捏造したかもしれない)。
沢木に行く遊歩道らしいです。除雪されていないので突っ込めませんが…。 元々、ここは興浜南線という鉄道が通っていました。有数の赤字路線で1985年に廃止されてしまいましたが、今でも航空写真で残った路線跡を辿ることができます。随分風光明媚な場所を通っていたんですね。
お昼になっておなかが減ったので、ホテルでご飯を食べました (沢木に飲食店もスーパーもなかったため) 。お金がこの時あまりなくかなりギリギリでしたが、その割にはどうも攻めていますね…。
地ビールとしてあったのが知床ドラフトというものだったので取り敢えず頼んでみましたが、これ、緑色にしない方がよいのでは…?摩訶不思議な味で、神妙な顔をしていました。
日本海側に出たのでとりあえず食べておくか…と、ホタテイクラ丼。
ホテルから山側の眺めです。な、なんもねえ…
アイスホッケー?のような催しをやっていました。
まだまだ時間があるので、沢木集落に行ってみることにしました。
歩いて15分程で沢木の集落へと降りてきました。防波堤です。海ですね。 ここまでの道は滅多に人が歩かないからか、歩道が新雪で埋もれているおなじみの状況。
漁港の荷物。流石に冬は漁はないんでしょうか。
冬の空です。右側に行くとメインの国道があります。
日の出岬入口というバス停です。待合室がポツンとあります。これはこれで絵になるのですが、最初ここで次のバスを待とうと思っていた自分には厳しいものがあった。ところで入り口というけれど、どう考えてもホテル日の出岬の方が岬に近い気がする。
このバス停の裏手あたりに、興浜南線の沢木駅があったらしい。遠くから覗いてみたが、雪に埋もれていて遺構などは分からず。岬に行く築堤は逆に今でも分かりやすい。
国道沿いに来ました。郵便局です。日本中どこでも建物が(画一的ではありますが)ある程度綺麗にできるのは、国力という気持ちがあります(気持ちだけです)。
売店です。営業していることを期待したんですが、休日だからかやってませんでした。残念。 集落には他に目ぼしい店はなく。これだけ興部に近いと、マイカーでさっと興部に行ってしまうのでしょうか。
沢木のバス停。これはレトロな感じ。バス停なら沢山設置でき、きめ細かな乗降サービスができるのは、鉄道に勝る点だなあと思います。尤も、北海道の鉄道は仮乗降場などあったらしいですが、それでもバス停の密度には勝てないか。
さて、特段他に見るものもなく、かと言って興部か雄武まで歩くのは流石に無理です。どうしようかバス停の待合室で考えていたんですが、なにしろ寒く、ホテルに戻ることにしました。
戻る途中、岬への道で、前におじ(い?)さんが歩いているのが見えました。うーん、話し掛けるべきか逡巡し、都会人だから声がかけられず通過しかけましたが、おじいさんの方から声を掛けられました。毎日運動として岬まで往復しているという、沢木の漁師さんでした。昔の漁師はな~凄かったんだぞ~という話を聞かせてもらいました。漁のシーズンは人手が足りず、東北とかからもやってくる人が多かったそう。それで沢木も賑わい、5軒程飲食店もあったとか。それこそ昔のことなので、漁に出て、帰ったら居酒屋に行き、皆荒くれだから喧嘩もあったとか。今は漁業組合が一人ごとの出来高制をやめ、等配分するようになり、時代も変わった、とか。訛りで一部聞き取れなかったんですが、面白いお話でした。この旅行、結構地元の人と話す機会が発生して、そこそこおもしろい。
おじいさんはホテル入口で折り返すそうで、そこでお別れしました。しばらくホテルに避難し、売店を見るなどし時間をどうにかして潰しました。
さて、バスがやっと…やっと…!来そうなので、待合室に移動しました。吹き溜まりになっていました。
16時台の夕暮れ。温泉からみたらさぞかしいいだろうなあ。
夕暮れのバス停。正直、もう早くバスに乗って別の場所に行きたいという気持ちしかなかった。
北紋バス 紋別高校行き : ホテル日の出岬 15:41 → 紋別バスターミナル 16:43
ここからは紋別へと直行します。車窓風景は相変わらず単調です。意外と紋別までは距離があり、1時間掛かりました。この間、写真は撮り損ねてしまいましたが、興部〜紋別も名寄本線の遺構がまだまだ残っていた気がします。あれはあれでまた凄まじいところに鉄路を設けたなという気持ちでした。紋別市内に近づくに連れて、(バスのお客さんは増えませんでしたが) 交通量や家屋も増え、市街地にやっと戻ってきたんだなあと実感しました。
飲みに行き、当たりのお店を引き、紋別アヒージョに舌鼓
さて、バスターミナルからは足早にホテルへと向かいます。なんとこの日の夜の気温、-10度弱。痛いとはなりませんでしたが、寒かったです…。
ホテルは3500円くらいで取った気がします。紋別には、紋別セントラルホテル、紋別プリンスホテル、ホテルオホーツクパレス紋別の3つの大きなホテルがありますが、どこも大体この値段だった気がします。
部屋は普通、快適でした。
とりあえず散歩しに行ってみます。
オホーツク氷紋の駅、市役所くらい見て、お腹の減りに耐えかねてどこか入る店を探すことにしました。 しかし、この日はオフシーズンの日曜日、繁華街に来てみてもあまりやっている店がありませんでした。翌日が成人式だからか、若者は結構居たんですが。で、途中見かけて良さそうだったquattroというお店に入ってみました(外に看板が出て値段がわかるのもここくらいだった)。
いやあ、このお店は当たりでした。僕が一人だったのを気遣ってくれたのかは分からないですが、常連の方との会話に入れてもらい、色々面白いお話を聞かせてもらいました。常連さんがingressを頑張っているようで、北海道の広大な大地ならではのポータルを守る大変さとかが新鮮でした。あとクリオネを食べた話。意外と国道でやっているオービス。漁師さんはリッチなんだとか(割と目から鱗でした)。等々、暖かく迎え入れてもらって凄い助かりました。
料理ももちろん美味しくて、おすすめという紋別アヒージョなるものを頂きました(下の写真です)。具がこう豪勢(な割に1000円くらい)なアヒージョは初めて見ました。蟹がドーン。東京だったらかなり人気が出そう。
そう、ここでも「この時期に紋別に観光?珍しいねえ」「あの空港からの便が満席なの!?信じられん…」といった感じの反応を貰った気がする。
とかく、大満足でホテルに帰りました。途中まで単調だった分のお恵みでしょうか。