一昔前の本で(受信用の)広帯域アンプとしてよく使われていたデバイスに、NECの広帯域増幅用IC*1(μPC1651, μPC1658, μPC1677など)があります。これらのデバイスは、雑音指数がNF = 5dB程度と比較的大きい*2ため、この時代にわざわざ作る必要性もないのですが、一方で資料は豊富な教科書的なデバイスだとは思います。 丁度、昔買ったμPC1651の余りを部品箱で見つけたので、これを使用した広帯域アンプを作ってみました。
目次
回路
ほぼほぼ「新・低周波/高周波回路設計マニュアル」pp.165-172の通りで、変更したのは下記3点のみです。
- より帯域を広くするため、前後段とのカップリング・コンデンサを1000pF → 0.1μF // 1000pFに変更
- 出力インピーダンス設定用抵抗(75Ω)はなし。50Ωインピーダンス系を想定しているため*3
- 入力側には、過電圧防止のための小信号用ダイオード1S1588(と思しきもの)を挿入*4
下の回路図では出力側にもダイオードを入れてしまっていますが、これがあるともちろん動きません。入れてはいけません
※回路図上はμPC1651が5ピンになっていますが、これは似た別のライブラリを借用したため
μPC1651について
【購入】何分古いICです。昔は秋月で沢山売っていた気がしますが、今でもまだサン・エレクトロで購入できるみたいです(リンク。ラジオデパートに店舗がある他、通販でも購入可の模様)。
【データシート】上記サンエレクトロのページの他、秋月においても汎用MMIC(BGA616など)のページに参考として掲載されています。
【入出力インピーダンス】実は入出力インピーダンスがデータシートに記載がないのですが、インターネットの殆どの作例が50Ωだとみなしているので、ここでもそうだと思うことにします。等価回路を見る限りでは、出力段が低Zのエミッタフォロワーでは無さそうなので、どうなっているのかよく分からない(そもそもコレクタがそのまま出力に繋がっている…?)ですが、動くので良しとします。
※どうでもよいですが、型番に含まれる"μ"は検索殺しですね。ASCIIに無いため、"u"で代用されることがあるようです…。あと、型番にμPC1651Gと"G"が付く場合がありますが、無い場合とある場合が検索で区別されてしまっているような気がしました。
カップリング・コンデンサの設定について
カップリング・コンデンサは、直流を遮断し、目的の高周波信号のみを通すために入れられていると思うのですが、次段の入力インピーダンスZ = (50 + 0i)Ωと共にHPFを形成*5するため、特に低周波になるほど容量に配慮が必要そうです。
容量 | インピーダンスZ = 1/iωC (f = 1MHz) | 次段入力Zとで形成されるHPFのカットオフ周波数fc |
---|---|---|
1000pF(本と同じ) | -159.23…i [Ω] | 3.183MHz |
0.01μF | -15.923…i [Ω] | 318.3kHz |
0.1μF | -1.5923…i [Ω] | 31.83kHz |
今回は、低周波側は長波までの帯域が欲しかったため、欲張って0.1μFにしています。この場合、40kHzでも|Z| ≒ 40Ωです(これより高周波側はより良く通るはずなので、気にしない)。
では、カップリング・コンデンサの容量を大きくすることによる悪影響はあるのでしょうか。 理論的には、容量が大きいものを1つ置いておけば良いはずです。 しかし、現実では、例えば電源のバイパス(デカップリング)・コンデンサは、異なる容量のものを並列に接続し、広帯域でノイズを低減しようとする作例があります。 これは、一見余計なことのように思われます。
これについては、現実のコンデンサは理想的なキャパシタンス素子ではないことが影響しているようです。現実のコンデンサの等価回路としては、RLC直列回路がよく用いられますが、この場合共振周波数で、これ以上ではインダクタンス成分が支配的となりコンデンサ的ではなくなります。 つまり、似たようなコンデンサ(つまりRとLがほぼ同じ値)であれば、Cが大きいほど、が小さくなり、より低い周波数までしかコンデンサとして使えなくなるようです。
今回は、カップリング・コンデンサは1000pFと0.1μFに、電源のパスコンには、0.1μF・1000pF・100pFにしてみました。前者は、そこまで高い周波数では使わないだろうという考えからです。
後の「周波数特性」の項で、1000pFと0.1μFそれぞれの場合の周波数特性を比較しています。
完成図
作成自体は、部品点数も少ないため簡単でした。
1000pFは、コンデンサではなく秋月で売っているEMIフィルタ(3端子コンデンサ + FB, 村田製作所, DSS1)にしました。
基板での組み立て
心掛けたこと
- そもそも、リードが長い分浮遊インダクタンスが大きなリード部品はあまり使わない(今回は0.1μFだけ…)
- リード部品はリードを短くする
- パスコンは極力ICの近くに
- なるべく残留応力(?)の残らないような配置に(特にμPC1651の"足"は比較的柔らかいと思うので、同軸ケーブルとかの力がかかるようになっていると、ふとした瞬間に折れてしまいそうです)
チップ部品と生基板法(?)は相性が悪いですね…。ランド間に段差ができてしまう分、物理的に嫌な配置になってしまいます。今回は、μPC1651がGNDピンとVccピン(チップコンデンサを通じて)で固定できると思い、カプトンテープ上に配置しました(切り出さないといけないランド数が減り楽)。秋月のSMD用基板 + 銅箔テープによるGND取りのほうが、チップ部品を使用したプロトタイピングには良いかもしれないと感じました。
ケース加工
タカチのアルミダイキャストケース(TD4-6-3B)を使用しました。 アルミなので、高速度鋼ドリルを使うと直ぐ穴が空き、加工が楽です。
BNCコネクタとは半田メッキ線で接続しています。 BNCコネクタはパネルマウント型、非絶縁タイプです。GNDは直接ケースと半田付けされている訳ではないですが、テスターで確認した限り良く導通しているみたいです。
また、今回、穴あけのために、思い切って以下の工具を買いました(やっぱりちゃんとケースに入れるか入れないかだと、完成度も寿命も段違いな気がします)。
- 充電式ドライバドリル(アイリスオーヤマJDC28)
- アルミベンチバイス
- 六角軸ドリル&ステップドリルセット
アルミベンチバイスは、使用後1日で、万力部分の押さえが外れてしまい使えなくなってしまいました。最安のものを買いましたが、もう少し高めのほうが良さそうです。
ステップドリルは、偶然付いてきたので初めて使ってみましたが、大きな穴がとても開けやすく感動しました。丁度BNCコネクタの穴がΦ10で、今まではハンドリーマーで地道に開けていましたが、まず作業負荷が軽減され、短い時間で済ませられるようになりました。そして何より、自動的にバリも取れ、穴の仕上がりもとても綺麗になりました。もう元には戻れ無さそうです。
唯一の問題は…自室でやることではないですね。アルミの切削粉がそこかしこに飛んでしまいます。いくら掃除しても、目視で見落としてしまうような粉が残ってしまうとどうしようもない。人が触るところだと危ない。
周波数特性
アンプの指標は色々あると思います(電力利得、雑音指数、IM3等)が、ここでは動作確認として、一番基本的な回路の(電力)利得だけスペアナ(HP 8650E)で計測してみました。
データシート上は、電力利得は平均19dB、カットオフ周波数は平均1200MHzですが、実際はどうでしょうか。
測定条件
- トラッキング・ジェネレータは出力-20dBm(TGの出力-20dBm + アンプの利得max. 21dB < アンプの最大出力min. +3dBmとなるよう設定)*6
- アンプ出力とスペアナ間にDCブロックを挿入(もしくは、2.2μHのアキシャルリードコイルは出力側を外します。こうしないと、出力に直流が重畳してしまい、スペアナ入力部が壊れます)
- CAL-THRUではほぼほぼロス0dBで、フラットな特性であることを確認
以上より、以下の写真では-20dBmからの変化幅がゲインになります。
測定結果
作成したアンプの特性を下記に示します。ゲインがおよそ+25dBになってしまいました(原因不明、発振ではなさそう。電源からのノイズ?)。 カットオフ周波数は、上がおおよそ500MHz程度、下は175kHz程度でした。
次に、カップリング・コンデンサの容量の影響です。下に、0.1μFの場合と1000pFの場合をそれぞれ示します。
なお、この時の測定環境は上記とは異なります。TG出力 = -10dBm、ATT = 10dBとしてしまっていて、出力が+5dBm(スペアナでは-5dBm)までしか出ていません。
カットオフ周波数は、それぞれ3.18MHzと31.8kHzになるのが正しそうです。実際は、入力側と出力側で2段のHPFを構成すると思うので、カットオフ周波数はより高くなると思われます。
ここでは、実測値が1.667MHzと183kHzでした。前者は、オーダーは合っているものの数倍のズレがあります。理由としては、そもそもアンプ出力が最大出力に張り付いてしまっていて正しく特性が測れていないことが考えられます。後者については、そもそもオーダーが違います。これは、DCブロッカが形成するHPFのほうがカットオフ周波数が高いこと、そもそもスペアナのTGが31kHzまで出せないことが考えられます(CAL THRUしても下側はこのような特性になる)。
最終的な特性
最後に、ケースに入れたときの周波数特性も念の為確認しました。
1. 本体のみ
大体最大ゲイン+25dB, カットオフ周波数は下1.6MHz, 上668MHz(Normalizedしていないので多分正しくない)。下限がかなり高くなっている…。なぜだ?
2. T-biasのみ
ほぼほぼCAL THRU通りだが、26MHzくらいに共振点がある。なぜ生じるのだろう?
3. 本体 + T-bias、給電はT-biasから
ゲインは約26dB(やはり少し大きすぎる気がする)。電源に使用している定電圧電源のノイズも、少なからずゲインに寄与してのかもしれない。
-3dB周波数は、上側約665MHz、下側約2MHz。上はともかく、下がやはり高すぎる。
使用するとどうか
室内のループアンテナ直下に置いてみましたが、ノイズも信号も綺麗に+15dBくらい大きくなりました。
想定していた動きですが、結局、東京マーチスは信号が弱く、ノイズフロアに対してS/N比が低くて聞き取れないようです。あんまり嬉しくないです。
自宅で東京マーチスを聞くには、次のような対策をする必要がありそうです。
- アンテナの出力自体が小さい(Sを上げる) → 設置場所の改善、あるいはアンテナ自体の改善
- アンテナには問題ないが同軸ケーブルでノイズが乗る → D303の直下にプリアンプを設置(Sを上げる)、あるいは同軸ケーブル自体の改善(Nを下げる、挿入損失が減るという意味ではSを上げる)
エアバンドでは、S/N比には問題がないものの、そもそも信号が小さいため、効果があるかもしれません(試していないです)。
後日談
ケースに入れて再度測定を使用としたら、上手く出力が出なくなってしまいました…。気が付かないうちに壊してしまっていたようです。別のMMICのアンプを並行して作っていますが、こちらも完成形として残しておきたいです。デバイスだけ再購入するかもしれません。
上記取り消し線の問題は、出力側に、過電圧防止を意図してつけたダイオードが原因でした。 一度気づくと本当に当たり前のことなのですが、直流が重畳されているため、ダイオードの順方向電圧を超えた部分がダイオード経由で流れてしまいます。
出力側に入れていたダイオードを外したら、元通り動くようになりました。
参考
- 新・低周波/高周波回路設計マニュアル, 鈴木雅臣, CQ出版社, 1995, pp.165-172
- 高周波回路の設計・製作, 鈴木憲次, CQ出版社, 2008, pp.49-61
- μPC1651データシート, 日本電気, 1986
*1:TVのブースターを想定した?
*2:例えば、よく使われていたFETである2SK241や2SK439は秋月のBGA616だと2.5dB。そうでなくても、FETなら2dB程度
*3:75Ω系にするとしても、25Ωでよいのでは…
*4:最大出力Po = 5dBm、電力利得Gp = 21dBのため、歪まない最大入力はP_i = -16dBmです。これ以上大きな信号はアンプに入れるべきではなく、それより前段でATTを挟み、P_i以下にすると考えます。今インピーダンス50Ωの系を想定しているため、電圧に換算すると0.1Vp-pです。この1/2が、ダイオードの順方向電圧(低く見積もって0.4V)よりも十分小さいので問題ないと考えました。
*5:次段の入力インピーダンスZ = 50Ωは、敢えて書くなら(50 + 0i)[Ω]でリアクタンス成分0。なので、純粋な抵抗と見なせるから、CRのHPFとなる(合っている?)。現実ではリアクタンス成分はいかほどであろうか…。
*6:最初、この制約に気づかず、+15dBしか利得が出ず困りました